東京23区カースト:住所で測る“見えない格差”の実像
William Harris
Updated on July 21, 2026
「どこの区に住んでるんですか?」
東京で初めて会った人に、よく聞かれる質問だ。軽い世間話のつもりかもしれない。しかし、この一言には時に、相手の年収、学歴、家庭環境まではかるリトマス試験紙のような重みがのしかかる。いわゆる「東京23区カースト」の存在を、肌で感じた経験がある人は少なくないはずだ。
これはネット発の与太話なのか。そうは言い切れない。山の手と下町の区分は、江戸時代の武家地と町人地に端を発する400年の歴史を持つ。平成、令和と時代を経て、不動産価格や進学率、街のブランド力は複雑に絡み合い、いまや「住所」は個人を瞬時に分類するバーコードのように機能しているのだ。
婚活市場が炙り出した序列
「23区カースト」という言葉がこれほど広まった最大のきっかけは、婚活市場にある。「港区男子」「麹町女子」といったワードが女性誌を席巻し、自分が住んでいる区、相手が住んでいる区が、交際や結婚の可否を左右しかねない空気が生まれた。「できれば城南地区(港区、目黒区、世田谷区など)の人がいい」「足立区はちょっと…」といった発言は、今や珍しくない。
ここで重要なのは、これは単なる土地の好き嫌いを超えているという点だ。「どこの区に住んでいるか」は、家族の資産、幼少期の教育環境、将来の所得を推測するための究極のプロキシ変数として扱われている。ドラマ『やんごとなき一族』がヒットした背景には、こうしたリアルな格差意識に対する共感と反感が存在する。
江戸が決めた「山の手」と「下町」の境界線
この序列の原型は、徳川家康の江戸都市計画にまで遡る。台地は武家屋敷、低地は町人の住まい。現在の千代田区(番町・麹町)、港区(青山・麻布)、文京区(本郷)は、明治以降も政府高官や知識人が集う「ハイソサエティ」の牙城であり続けた。西洋文化の窓口となり、洗練された空気は現代に引き継がれている。
一方、台東区(浅草)、墨田区、江東区