ワンオクTakaのNEWS時代から現在まで:波乱の軌跡と音楽的進化
Sophia Vance
Updated on July 18, 2026
ワンオクTakaのNEWS時代から現在まで:波乱の軌跡と音楽的進化
日本の音楽シーンを語るとき、ONE OK ROCKのボーカル・Takaの名前を避けて通ることはできない。世界中のアリーナを沸かせる現在の姿からは想像しにくいかもしれないが、彼はかつてジャニーズ事務所のアイドルグループ「NEWS」の一員だった。その短く激動のNEWS時代から、ロック界の頂点へと駆け上がるまでの道のりは、一本の映画よりもはるかにドラマチックだ。
Takaとは何者か——森内貴寛という人物
Taka(本名:森内貴寛)は1988年4月17日生まれ、東京都渋谷区出身のシンガーソングライターであり、ロックバンドONE OK ROCKのボーカルを務める。その出自はまさに芸能界の申し子と呼ぶにふさわしい。父親は「おふくろさん」「襟裳岬」などで知られる演歌歌手の森進一、母親も「せんせい」「越冬つばめ」などのヒット曲を持つ演歌歌手の森昌子。演歌界のスターを両親に持つ森内貴寛は、子供の頃から父の曲が家の中で常に流れている環境で育った。
音楽が生活の一部として根付いていた家庭環境。それがTakaの原点であることは間違いない。ただ、本人がその道を選んだプロセスは、親の敷いたレールとはまったく異なるものだった。
ジャニーズ入所とNEWS時代——3ヶ月だけの輝き
ロックバンドONE OK ROCKのTaka(森内貴寛)は、2001年8月から2003年12月までジャニーズ事務所に所属。2003年9月にはNEWSのメンバーに選ばれ活動するも、わずか3ヶ月で脱退し、ジャニーズ事務所も退所した。表向きの退所理由は「学業に専念するため」とされていたが、実際には週刊誌などにスキャンダルが報じられていたという背景もある。
NEWSのデビュー時はメンバーが9人おり、元メンバーにはONE OK ROCKのTAKAもいた。NEWSとしての活動は文字通り刹那のものだった。同年12月に学業に専念するためにNEWSの活動を休止し、後にグループを脱退してジャニーズ事務所も退所。アイドルとして鮮烈にデビューした直後に、すべてをリセットした決断——それはTakaという人物の、生き方そのものを予兆していたのかもしれない。
この「NEWS時代」は今もファンの間で語り草になっている。検索ワード「ワンオクTaka NEWS時代」がSNSやネット上で繰り返し話題になるのは、そのギャップの大きさゆえだ。華やかなアイドルから、世界に通じるロックボーカリストへ。こんな転身を成し遂げた人物は、日本の音楽史でもほとんど類を見ない。
ロックへの目覚め——RIZEとの出会いが変えた人生
ジャニーズを去った後のTakaの歩みは、迷いのない一直線だったわけではない。高校を1年で中退後、父親から勘当されて自活をはじめ、青山の飲食店で厨房周りのアルバイトをしながら、大阪に定期的に通って音楽学校でギターやパソコンを習った。まだ10代のTakaが、親の庇護なしに生計を立てながら音楽を追い求めていた事実は、現在の華やかなステージとは対照的だ。
その頃、慶應義塾湘南藤沢高等部に在籍していた時期に、共通の友人とともにRIZEの金子ノブアキと食事をする機会があり、ライブに誘われる。後日、ライブハウスで初めてRIZEのライブを見て感動し、ロックに目覚め、バンドをやりたいという思いが生まれた。
そのRIZEとの出会いがなければ、今日のONE OK ROCKもTakaも存在しなかったかもしれない。音楽の縁というのは、往々にして偶然の産物だ。同時にSFC時代の友人二人とエレクトーン+クリアギター+ヴォーカルの3人編成のバンド「CoM (Chivalry of Music)」を組み、バラード曲中心のライブ活動をしていた。そのライブを、ONE OK ROCKを組んだばかりのToruが共通の友人を介して見に訪れ、Takaの声と歌唱力に衝撃を受け、その場でヴォーカルに勧誘した。
ONE OK ROCK加入とインディーズからの飛躍
ONE OK ROCKの歴史は2005年7月29日に始まった。ToruのしつこいまでのアプローチにTakaが折れた形で加入が実現し、そこからバンドの歯車は一気に回り始める。2006年7月26日には、ファーストミニアルバム「ONE OK ROCK」でインディーズデビューを果たし、同年12月18日に行った新宿LOFTでの初のワンマンライブでは500人を集客するほどの人気を博した。
500人というのは当時のインディーズバンドにとって決して小さくない数字だ。しかも結成からわずか1年余りで達成したのだから、その勢いは本物だった。バンドは2007年に1stシングル「内秘心書」でメジャーデビューを果たした。その後も着実に認知度を高め、2010年2月3日には4枚目のシングル「完全感覚Dreamer」をリリースし、初のオリコン週間チャートトップ10入り(9位)を果たして、バンドの知名度を大きく引き上げた。
世界へ——海外進出とグローバルバンドへの変貌
2015年から、ONE OK ROCKは日本にとどまらず、アジア、アメリカ、ヨーロッパと世界中で活動し始めた。その背景にはTaka自身の強い意志がある。英語は独学で習得した。Takaは「僕は全然勉強ができなかったし、中卒なので学校の教育もそこまで学んでいません。だからこそ、経験が自分にとって大事なんです」と述べている。
ONE OK ROCKは2016年のClassic Rock Roll of Honour Awardsでイースタン・ブレイクスルー・男性バンド賞を受賞し、2017年にはRock Sound AwardsでBest International Band、2018年にはBest Live Performance賞を受賞した。世界の音楽メディアがこのバンドに注目し始めたのは、この時期のことだ。
Takaは音楽の枠を超えたコラボレーションでも存在感を放ってきた。BTSのJINが発表したデジタル・シングル「Falling (feat. Taka)」では、ONE OK ROCKのTakaとToruが参加し、J-POPの感性をプラスしたモダン・ロック・ジャンルの楽曲に仕上がった。K-POPとジャパニーズロックという異なる世界が交差した瞬間だった。
「Dystopia」とニュースゼロ——社会と向き合う音楽
ONE OK ROCKというバンドは、エンターテインメントだけに収まらない深みを持っている。2024年5月28日、新曲「Dystopia」が日本テレビ系の報道番組「news zero」のエンディングテーマ曲に決定した。ロックバンドが夜の報道番組と結びつく——これは日本の音楽界では異例の出来事であり、ワンオクTakaが「ニュース時代(NEWS時代)」の文脈でも語られる一方で、現代社会の「ニュース(報道)」とも深く関わるアーティストになったことを象徴する出来事でもあった。
さらに同年6月11日には新シングル「Delusion:All」が映画「キングダム 大将軍の帰還」の主題歌に決定し、2024年7月12日に映画と同時リリースされた。Takaの声は今や日本の大衆文化の各所に響いている。
パニック障害の告白——強さと脆さを抱えたアーティスト
2024年7月2日、Takaはinstagramライブを配信し、何年か前からパニック障害になっていたことを打ち明けた。大阪公演後、大阪駅で症状が出たときのことを振り返り、「こういう障害と自分が向き合って生きていくというところで、オープンにしていったほうがいいなと思った」と、告白に至った経緯を明かした。
これは単なる近況報告ではなく、ファンへの誠実な向き合い方だった。スーパースターである以前に、一人の人間として自分の困難を隠さず伝える姿勢——この誠実さこそ、Takaが多くの人に長く支持されている理由の一つだろう。
DETOX——結成20周年に放つ社会的メッセージ
バンドは11枚目のスタジオアルバム「DETOX」を2025年2月21日にリリースした。このアルバムにTakaが込めた思いは、単なる音楽的野心を超えたものだ。
Takaは「DETOXには、かなり社会的かつ政治的なメッセージを盛り込んでいます。今の混沌とした世の中に対して、1ミュージシャンとして自分たちができることを考えたとき、もっとピースフルで素敵な世界になるように、楽曲を通して問題提起したいと思いました」と語っている。
ONE OK ROCKは2025年に結成20周年を迎え、Takaは結成秘話や海外での活動、最新アルバム「DETOX」について語り、バンドにとってターニングポイントになった曲を紹介した。結成から20年。怒りを原動力に走り続けてきたバンドが、いま世界へ向けてより広いメッセージを発信しようとしている。
ONE OK ROCKは2025年の全国4ヶ所7公演で約36万人を動員した日本ツアーから、日産スタジアム公演収録のライブ映像作品も7月29日リリース決定している。ライブバンドとしての求心力も衰えるどころか、むしろ増している。
NEWSからワンオクへ——Takaの軌跡が示すもの
ワンオクTakaのNEWS時代は、わずか3ヶ月という短いものだった。しかしその「挫折」とも「解放」とも取れる経験が、彼をロックへと向かわせた。ジャニーズという巨大な制度の外に飛び出し、アルバイトをしながら音楽を学び、誰かに誘われる形でバンドに加入し、そこから世界へと駆け上がった。
Takaのキャリアはいわゆる「エリートコース」とは正反対だ。華麗な出自を持ちながら、そのブランドをかなぐり捨てて自分の道を歩んだ。ONE OK ROCKは最初は「怒りの感情」が原動力になって始まったバンドだったと、Taka自身が語っている。その怒りが今、成熟した問題意識と音楽的深みへと変換されている。
「ワンオクTaka NEWS時代」というキーワードで彼を検索する人たちは、おそらくその変貌の大きさに惹きつけられているのだと思う。アイドルからロックボーカリストへ。日本の枠から世界へ。怒りから問いかけへ。Takaの歩みはそのまま、一つの時代を超えた物語だ。これからも彼の音楽は、国境も時代も越え続けるだろう。